シンプルで年代や性別を問わないフォルム、そしてつややかなプレシャスレジンの軸。
目にしただけで触れてみたくなる筆記具は、まずその質感から圧倒的なたたずまいを示しています。
そして紙へインクをのばして文字を書くと、「できる!」と思う。その「できる」とは自分の内に秘められた(秘められているに違いない)可能性のことで、その筆記具を使うことによって素晴らしい何かを「できる!」と確信するのです。
モンブランの筆記具には、そんな「できる」があるな…と感じるなか、NAGASAWA梅田茶屋町店のショーケースで見たPIX(ピックス)ボールペンの細身で清々しいデザインには、心を奪われました。
この「PIX」とは、モンブランが古くから製造していたプッシュ式メカニカル・ペンシルのシリーズ名です。
その誕生は1934年。モンブランの歴史のなかでのプッシュ式ペンシルは1924年に登場した「OB」が初製品でしたが、デュッセルドルフのライステンシュナイダー氏が1933年に発表したメカニズムを採用し「Volkspix(国民のPIX)」と名付けてPIX 92を発売したのが1934年のことでした。
PIXはプッシュ式で芯を出す作りであることに加えて、芯がなくなると中に装填してある新しい芯が自動的に送り出される作りであることも大きな売りで、「ポケットに小さな工場を」とうたう広告のインパクトもあいまってモンブランの主力シリーズのひとつとなりました。
その後、多色ボールペンが搭載された「PIX-O-MAT」や「Ballpix」などペンシル以外の筆記具にもPIXの名が用いられ、またのちにはマイスターシュトュックのキャップリングや替芯リフィルなどにも「Pix」の文字が冠されたりしながら、「PIX」という言葉はモンブランの品質の証として今も受け継がれています。
そんな過去のPIXペンシルの写真も見てみましょう。知人より提供いただきました。
こちらは1950年代のPix 372▽
そしてこちらは1960〜1970年代のPIX-O-MAT▽
デザインから質感、刻印書体まで魅惑的ですね!
ノック音や書き心地も、さぞやそそるものと想像します。
PIXの名の謂れをたどったところでこのPIXボールペンに立ち返ってみると、PIXの名が付けられたことにも納得できるデザインと書き心地です。
写真はM5サイズのマイポケ5に書いたところです。
モンブランの油性ボールペン芯は、私のようなかなり軸を寝かせぎみで書く者でもダマにならず、インクムラもなくくっきりとした描線で書けるところが魅力。
たいがい「あ」「み」「め」「6」「8」といったカーブの部分でダマが発生してしまいますが、モンブランのボールペンではダマになりません。他にカランダッシュのゴリアット芯も寝かせぎみで書く人に向いていると感じます。
軸色はエメラルドグリーン。今年2018年に発表されたカラーです。爽やかで、この夏にもぴったりですよね!
クリップはプラチナコーティングで、清涼感のある仕上がりです。
モンブランのトレードマーク・ホワイトスターはこのように。
ボールペンは回転繰り出し式で、芯を収めた状態でさらにキャップを回すと、軸が外れて替芯に交換できます。開けたところはこの通り。▽
ここでふと思うことには、そもそもプッシュ式の代名詞でもあったPIXが、なぜこれは回転繰り出し式なのかという点なれど、その名がモンブランの信頼の印となったことを示す最大級の証なのではないでしょうか。
手帳に、署名に、そしてメモ書きに。
先日は友人たちとの会食で、コースターや箸袋に図や文字を書きながら談笑するために、このPIXボールペンが大いに役立ちました。
「これがこうで、こうなって……ん? いいね? このボールペン」
とまじまじ見られることもしばしば。
胸ポケットへ軽快に、モンブランPIXを挿してみてはいかがでしょうか。
小日向 京(こひなた きょう)
文具ライター。
文字を書くことや文房具について著述している。
『趣味の文具箱』(エイ出版社刊)に「手書き人」「旅は文具を連れて」を連載中。
著書に『考える鉛筆』(アスペクト刊)がある。
「飾り原稿用紙」(あたぼうステーショナリー)の監修など、文具アドバイザーとしても活動している。