コラム「中原淳一×Kobe INK物語」
1946年(昭和二十一年)太平洋戦争が終結した翌年、その頃の日本と云えば戦後の復興最中、当時の事は映画や資料の中でしか見たことが無く想像するしかありませんが、おそらくは誰もが戦争が終わった事への安堵感と先の見えない将来への不安を同時に抱えていた時代ではなかったのかと思います。
そんな頃に、中原淳一は女性誌「それいゆ」を創刊しました。
彼が雑誌で発表したのはこれまでの女性誌にはなかった、色鮮やかな輝きを放つイラストと、まだ誰も見たことがなかった新しいファッションスタイルがそこに描かれていました。
戦後の暗い時代だったからこそ、雑誌「それいゆ」を手にした女性たちは、きっと明るい未来をそこに垣間見たのだと思います。
中原淳一の著書『美しく生きる』を手にとってみると、イラストやファンションなど彼の作品を集めた本ではありませんが、そこには「美しさ」とはなんなのか?について彼の言葉が綴られています。
「美しくなりたい ということは、街を歩いていてみんなに美人だなと、振り返ってもらうためではなく、自分の心のためにこそあるものです」と。また「美とは生まれ持ったものではなく、ましてや出自や裕福に関係なく、美しくありたいという気持ちに勝るものはない」と私たちに語りかけています。
彼の言葉はその時代を生きた女性だけでなく、今を生きるすべての女性に通じる、普遍的なものをそこに感じます。
彼の活動は「それいゆ」「ひまわり」などの雑誌編集をはじめ、色を自在に操るイラストレーターとして、また新しいライフスタイルを発信するファッションデザイナーとして、多彩な才能を発揮した時代の先駆者でした。それらの功績は現在でも第一線で活躍する多くのデザイナーやアーチストにも、大きな影響を与えています。
関西にゆかりのある漫画家髙橋真琴もまた中原淳一のキラキラと輝く絵に感銘をおぼえたひとりで、雑誌の表紙や口絵を描き文房具のデザインをはじめ、神戸山手女子中学・高等学校のパンフレットなどを手掛けるなど、彼のスピリットをいまも受け継いでいます。
Kobe INK物語 NAKAHARA 「LUXURY RED」「PURE BLUE」
そんな中原淳一の世界を色で再現した万年筆インクが、ナガサワ文具センター「KobeINK物語」シリーズの限定インクとして、2023年3月店頭に並びました。
彼が作品の中でも好んで使ったビビッドで太陽のエネルギーを感じさせる赤をインスパイアした「ラグジュアリーレッド」
終戦末期の空襲による黒い爆煙の中で、忘れてかけていた空を思い出させてくれる真っ青な「ピュアブルー」の2色は、勇気と希望を与えてくれる色のように感じられます。
奇しくも「KobeINK物語」は阪神淡路大震災から10年余りが経った2007年に、神戸に住む人たちが、支援してくれた人たちへの感謝を綴るためインクとして誕生し、これから未来に向けて歩み始める希望の色でした。
中原淳一が戦後の希望であったことと同じように、ナガサワ文具センターの「KobeINK物語」もまた希望のシンボルであったこと、両者が持つ「色で人を幸せにする」という共通の理念は、いまの時代に相応しいコラボレーションだと言えます。
筆者プロフィール
出雲義和・フリーランスライター
文房具を中心に様々なジャンルで執筆活動を行うほか、テレビやラジオにも出演。様々な視点で文房具の魅力や活用術を発信中。
works:雑誌書籍「趣味の文具箱」「ジブン手帳公式ガイド」「無印良品の文房具。」他、web「WEZZY」「マイナビおすすめナビ(監修)」他