ドイツの筆記具メーカー・ファーバーカステルは、世界で初めて鉛筆を製造したことで知られる老舗ブランド。1761年の設立いらい250年以上にわたって、伝統的かつ革新的な製品を作り続けています。
ファーバーカステルのロングセラーといえば、1905年に発売された鉛筆「カステル9000番」なくして語れません。
その発売以前の19世紀の時点で、ファーバーカステルは鉛筆の基準となる六角軸や長さ、太さ、硬度などを作り、軸に刻印まで施していたといいます。
満を持して世に登場したカステル9000番鉛筆は、その後110年を経て変わらず今日も文具店で絶賛発売中。深緑色をした軸は、鉛筆のトレードマークと言えましょう。
さて鉛筆というと「持ち運ぶのにはキャップが必要だし、消しゴムも要るし、芯は出先で削ってられないし」と鞄に入れることには何かと後ろ向きになるもの。
その「書く、消す、削る」を1本に集約させた製品が、ファーバーカステルのパーフェクトペンシルなのです。
冒頭の全景写真にあるパーフェクトペンシルのキャップを外し、さらにキャップ天冠部を抜くと、このようになります▽
キャップに鉛筆削り器が内蔵されている! 鉛筆の芯を保護しながらも、芯が丸まったらどこでも削れ、尻軸には消しゴムも付いているという優れものなのです。まさに「書く、消す、削る」とはこのことで。
深緑にシルバーの組合わせも、素敵ですよね。鉛筆が短くなったら、キャップは補助軸としても役立ちます。
これで心おきなくいつでも鉛筆と一緒に過ごせるという喜び。鞄やペーンケース、胸ポケットなどどこにでも手軽に入れて持ち運びたくなる鉛筆です。
書き味はさすがカステル9000という、微粒な黒鉛芯が紙の表面になすりつく感覚を楽しめる申し分のないもの。
そして通常版のカステル9000鉛筆には付いていない、尻軸部の真っ白な消しゴムが秀逸です。
鉛筆の尻軸に付いた消しゴムといえば「困った時なら使ってもいいけど、普通の消しゴムのほうが断然消しやすい」というのがお約束であるところ、この消しゴムは実によく消せます。
あまりに消しやすいので、「どこか間違えたところはないか!」と探してしまうほど。
なければ「消しゴムを使う用」に消す前提で何か書いてみたり。そのくらい良い消しゴムをしています。
このパーフェクトペンシルを欠かさないようになって10年余り。拙著『考える鉛筆』のなかにも書いた「リボンで結んで首から提げる」という持ち運びかたを定番としている小日向ですが、ここで長年パーフェクトペンシルを愛してやまないひとりの猛者のコレクションを紹介しましょう。
エイ出版社の文具ムック『趣味の文具箱』・清水茂樹編集長の使う、稀有なパーフェクトペンシルです。▽
清水編集長がお持ちなのは、グラフ・フォン・ファーバーカステル(ファーバーカステル伯爵コレクション)シリーズの逸品たち。
写真上から、
・スターリングシルバー
・シルバーコーティング
・1994年発売のパーフェクトペンシルの原点となった初モデル(鉛筆削り器は内蔵されていない)
です。冒頭のカステル9000番パーフェクトペンシルが発売されたのは、カステル9000が発売100周年を迎えた2005年のことでしたから、その10年以上も前に構想がなされていたのですね。
下の2本は販売終了しているため、現行品ではありません。
さらにその下に置いた鉛筆の、短くなった姿の愛らしいことといったら!
一番上の現行品・スターリングシルバーのキャップを開けるとこの通り。▽
鉛筆削り器は総メタル製。削り心地の安定感は抜群です。
鉛筆にはファーバーカステルの本社があるドイツ・ニュルンベルクに自生する攀(はん)の木が軸に使われ、表面には精巧な彫りが施してあります。
この木軸の表面をつやつやに仕上げるため、清水編集長は定期的に美容クリームを木軸へ塗り込んでおられるのだとか。(こっちは顔に塗るのでいっぱいいっぱいだというに……)
旧モデルの造りも見てみましょう。▽
上のシルバーコーティングはキャップ下部のネジを回し、下の初モデルはキャップのリングを上げるとキャップが開けられる構造になっています。
上の内蔵鉛筆削り器も、ネジを回して取り出す造り。中の削り器は、プラスチック製に刃が付いているタイプでした。キャップや削り器部分がうっかり外れないよう、念入りに作ってあったのだなと感心することしきりです。
この現行品のスターリングシルバー版パーフェクトペンシルは、お値段なんと5万円+税!(驚)
それよりも「安価な」プラチナコーティング版は3万円+税!
……ん? スターリングシルバー版の価格を聞くと、プラチナコーティング版の3万円が確かに「お安く」感じるという不思議。
そして清水編集長コレクションの純銀のあたたかみある輝きを見ると、「ならばいっそ私も次はスターリングシルバーを」と思うのでした。
鉛筆で文字を綴る時間は、心が素直になれるかけがえのないひとときです。
書いて、消して、削って、また書いて、そのうちに短くなって。
そして鉛筆が短くなっていくぶん、紙の上には自分の痕跡が増えてゆく。
そんな鉛筆との付き合いをいっそう便利に、そして有意義にするパーフェクトペンシルを、いつも肌身離さず身につけて過ごしたいと思います。
小日向 京(こひなた きょう)
文具ライター。
文字を書くことや文房具について著述している。
『趣味の文具箱』(エイ出版社刊)に「手書き人」「旅は文具を連れて」を連載中。
著書に『考える鉛筆』(アスペクト刊)がある。
「飾り原稿用紙」(あたぼうステーショナリー)の監修など、文具アドバイザーとしても活動している。