小日向京のひねもす文房具|第二十一回「博文館の当用日記」

博文館の当用日記

昭和時代に時計を巻き戻したかのような佇まいの外函と、ハードカバーの重厚な造本。
日記といえば、この博文館の当用日記がまず浮かぶのではないでしょうか。

この日記の歴史は大変に古く、昭和どころか明治にまでさかのぼり、会社沿革によると1895(明治28)年に「日本で初めて広く一般大衆向けに日記を刊行」と示されています。
博文館は1887(明治20)年に東京・本郷で創業。その後当用日記など日付の入った「年日記」を発売し、のちの関東大震災での社屋焼失にもめげず刊行を重ね、1937(昭和12)年に創業50周年を迎えた時には年日記は全35種のラインナップに増えていたといいます。
戦後には社名を博文館新社とあらため、日記事業はますます本格的に。2014(平成26)年には日記刊行120周年を迎え、その種類も214点を数えるというのだから驚かされます。
日記といえば博文館、と言われる所以です。

小日向は昨年、文房具仲間とお茶していた時に「博文館の当用日記を買ってみない?」と誘われました。じゃあこのあと見るだけ見てみようか! となり(この時点でもう9割方買うことは決まっている)、売場に行ったら目当てのものが2冊だけ棚にあって「わぁ〜、一緒に買って使えるね。すごい偶然!」などと喜び(とにかく買うと決めかかっていたら、そこに偶然の口実があればなお良い)、結果買って帰ったのが博文館の当用日記を使い始めるきっかけでした。

外函から日記をすべり出し、「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり」なんてサラサラッと万年筆を走らせてみたいものではあるけれどこれ、1年間やり遂げることができるのか? とその重厚感に圧倒されて、正月の百人一首といえばどちらかっていうと坊主めくりのほうが好きだったりする私であるし、こりゃ三日坊主になるんでないの……と当初は不安になったものでした。

その製品が、冒頭写真の「中型当用日記〈背皮〉No.2」で、2015年版は抹茶色の表紙に黒の背皮が付いたデザインでした。B6判の、比較的小振りな当用日記です。
2016年版の1月最初の扉はこの通り。▽

博文館の当用日記

節気・季語から平均天気日数・湿度・気温、行事・記念日など、その月のあらゆることについて情報満載。右ページの「年頭所感」にもぐっときます。
この月扉を何の気なしに眺めているだけでも「季語って味わい深い言葉があるなあ…」「この月の東京は、ずいぶん湿度が低いんだ」といった発見があるものです。
そんなところから博文館の日記作りにたいする並々ならぬ気合いを感じつつ、日々の記入ページに進みましょう。▽

博文館の当用日記

日記を綴る1日の欄にも情報が色々あり。旧暦や六曜はもちろん、1年の何日目かもわかり、さりげない歌や、この日に過去どんな出来事があったのかという豆知識まで記してあります。
当用日記を使い始めた時には「続くんだろうか」と不安になっていた小日向でしたが、この右上にある「天気」「気温」欄に、なぜか心奪われてしまいました。
これはスマートフォンの「天気」アプリを参照したら、すぐに書けるではないか。
そう思ってまずそこから埋めるうちに、書いたからには他も埋めたくなる…と「摘記」欄にはその日のあらましを書き、「受信」「発信」欄には人からいただいたものやこちらの渡したもの、主要な手紙やメールのやりとりなどを記すようになりました。

天気と気温の記録を続けると、日々の微妙な変化を感じ取れるようになります。朝起きると「ああ、今日は10度近くいってるんじゃないかな」と思ったり。もう、とにかくまず天気と気温を書きたい。→うっかり書き忘れた日があっても、あとから気象庁のサイトに行って過去の天気と気温を調べてでも書きたい。→そうすると他の欄も書きたい。の繰り返しで、あれよあれよという間にすっかり毎日欠かさぬ当用日記ユーザーに変貌。
そして2016年版も絶対買う! と相成ったのでした。あの時誘ってくれた文房具仲間に、心から感謝しています。

博文館の当用日記

1月1日は、このように書き進めました。余白に使用筆記具やインク色を記しておくのはお約束! 特に経年変化の見られるブルーブラックインクは、書いたところに日付があるのだから色変化を見返すのにもうってつけです。
この当用日記の用紙が、万年筆でも書き味抜群。かなり太字のペン先で書いても、インクの裏抜けとは無縁です。この用紙の素晴らしさにも、繰り返し毎日書きたくなる要因があるようで。もう、三日坊主になどなれるわけがない!

当用日記のハードカバー版はけっこうな厚みと重さがあるので、机に据え置きにするのが向くようです。
ひとつ机上に引き出しでも加えるような感覚で。その引き出しの中には、自分の1年間が日々詰め込まれていくわけです。
日記の文章を書かなければ…なんて気負う必要は一切なし。その時に思い浮かんだことでも、絵でも、文房具の購入記録でも、その日に着た服装などでも、自分だけの365日を綴ってみると、1年の終わりにはまたとない「引き出し」ができあがります。

そして厚手の外函について。毎日出し入れするケースにしても良いけれど、日々繰り返し書いている1年の間は外しておいて、このように収納箱として使うのもどうでしょう。▽

博文館の当用日記

1年が終わったら外函にしまい、次の年の当用日記の外函を収納箱に取り替えて、どんどん年を重ねていく。過去に記した当用日記を開けば、「あの頃の自分」といつでも再会できる──そんな日記の愉しみを、博文館の当用日記は教えてくれます。
今年も博文館の当用日記に、様々な文字を躍らせていこう。それが嬉しい記述だけでなく悲しい記述が時にはあっても、この表紙の中にしっかりと封じ込めたい。そんな気持ちにさせられる一冊です。

小日向 京(こひなた きょう)

文具ライター。
文字を書くことや文房具について著述している。
『趣味の文具箱』(エイ出版社刊)に「手書き人」「旅は文具を連れて」を連載中。
著書に『考える鉛筆』(アスペクト刊)がある。
「飾り原稿用紙」(あたぼうステーショナリー)の監修など、文具アドバイザーとしても活動している。

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