小日向京のひねもす文房具

小日向京のひねもす文房具|第百二十一回「シェーファー ノンナンセンスの思い出」

小日向京のひねもす文房具|第百二十一回「シェーファー ノンナンセンスの思い出」

筆記具、とりわけ文具好きにとっての万年筆には、誰しも特定のモデルに思い出があることと思います。
ある型番の万年筆を手にすると、昔のことが鮮明に思い出されたり、その頃の空気までもが香ってきたり。
小日向にとっては、初めて買った万年筆がこのシェーファー ノンナンセンスでした。
当時は高校生で電車通学するようになり、途中の乗り換え駅にある店を覗いて帰ることが増えて、文具熱も高まってきた頃でした。
シェーファー ノンナンセンスを見つけたのは文具店ではなく、海外雑貨を扱うセレクトショップの文具コーナー。
Meadのインデックスカードやリーガルパッド、Paper MateやBicのボールペンといったアメリカ定番文具アイテムのなかにあったのが、シェーファーのノンナンセンスでした。モデル名を知ったのはずっと後のことで、当時は軸色の異なる筒状のシンプルな作りにただただ心惹かれたものです。

売り場では同じ軸でもキャップを開けると、中がボールペン芯になっているものと、ペン先になっているものとがありました。
万年筆=高級軸の筆記具というイメージだったので、プラスチックのこんなカジュアルな軸にも万年筆があるのか…と意外に感じたものです。今でいう、ペリカーノジュニアやカクノのような廉価版万年筆の位置付けで、当時はボールペンが600円、万年筆が800円くらいだったと記憶しています。

それまでに書いたことのあった万年筆は、父の机の上に置いてあったモンブラン マイスターシュトュック 146で、その書き味に「万年筆にはどの筆記具とも違ったみずみずしさがある!」と衝撃を受けて惚れ込み、父に私が成人したらこの万年筆をくれる気はあるか? と打診したところ「ない。僕が使うもん」とあっさり断られ、じゃいいよ自分でいつか買うから…というやりとりが過去にあったものでした。

そんな出来事を経て、万年筆はどうも値が張るので、将来に向けて着々と資金繰り計画を立てなければと思っていたところ、これは意外と早く万年筆を手にできそうだぞ? と希望の光が差したのが、シェーファー ノンナンセンスとの出会いだったのです。

父の146はインクボトルからインクを吸い上げていて本格的なのが、こちらは手軽なカートリッジ式。これなら私にもすぐに使えそうだ…と、まずは黒軸に黒のインクを挿しました。
そこで、ちょっと待って。これって青軸には青インクを、赤軸には赤インクを入れたらいいんじゃない?! と、再び店を訪問。そしてインク3種類分を買い足し、学校の授業ノートに使いました。

授業で使っていたのはB5版のルーズリーフ。ノートは全科目を一つのバインダーにまとめ、これにインデックスを付けていました。肝心の勉強のほうはさっぱりだったものの、ノート使いだけは充実していたものです。
黒板の文字や先生の教えをノートに万年筆で書き綴ると、軽い力ですらすらと流れるように書き進められ、「板書きやちょっとした話にも楽に追いつける」感覚がして、これは革新的だと思いました。
革新的といっても、万年筆自体は古くから存在するものです。世の存在的時系列と自分の体感的時系列は異なるもので、「その差異から時に、古いことも新しいことになり得るのだ」と知る良い機会になりました。

その後、年月はまたたく間に経ち。シェーファー ノンナンセンスは姿を変え、外観デザインこそ同じでも、字幅違いのペン先が数種付いたボックス入りのカリグラフィーペンとなってしばらく売られていました。
それは半透明軸だったりすることもあり、こちらにとっては「軸違いで集める良いチャンス!」とばかりに好みの色があると買い足したりしていたものですが、ある時にその外観も微妙に変わり(キャップの天冠部が斜めに切り落としたようになった)、またカリグラフィーペンのため太字ばかりのラインナップで、昔と同じものを見つけるにはデッドストックなどのヴィンテージ品に頼ることとなりました。

そこからはもう「巡り合ったら買っておけ」状態。
このひねもす文房具でも、第九回「ヴィンテージ筆記具」の冒頭写真左にシェーファー ノンナンセンスがあります。
その時は、NAGASAWA梅田茶屋町店のヴィンテージ筆記具コーナーで大遭遇。こちらはボールペンでしたが、ノンナンセンスの軸はボールペン/万年筆共通で、首軸を差し替えるだけで簡単に両用できます。
つまり、それまで買いためたノンナンセンスの万年筆に、このボールペンが足されることで変換部品も得たことになり、使い分けがさらに広がる! ボールペンの替え芯はシェーファーの現行品と共通なので、中身はギンギンに新品で挑めます。ああ、書いているだけでまた嬉しくなってきた。

という日々を続けながら先日、香港・深水埗(シャムスイポー)の文具店でショーケースを眺めていたら「…ん?」と覚えあるものが。

小日向京のひねもす文房具|第百二十一回「シェーファー ノンナンセンスの思い出」

左から3・4・5本目! ノンナンセンスではないかー!!
しかも近年見ないグリーン軸が一度に3本も!
88香港ドルということは、日本円にして約1200〜1300円。現状の相場である。

「私は日本から来ました。これら3本を買っても良いですか」
と、語学テキストの例文にでも出てきそうな質問内容で店主に訊いたところ、
「長年売れ残ってたんだよ。買って買って。どうぞどうぞ〜」
と店主快諾。
「このあと来るかも知れない万年筆好きに申し訳ない気もする」とはにかんでみせたら、「今日までずっと来なかったんだから、これからも来ないよ。冇問題(モウマンタイ)」という軽いノリで、貴重なデッドストックを置いている自覚がおありなのですかっ!? と思いつつ購入。
久々の大物ノンナンセンスだった!

小日向京のひねもす文房具|第百二十一回「シェーファー ノンナンセンスの思い出」

NAGASAWA煉瓦倉庫店限定Kobe INK物語 Harbor Skyで書いたところは、このような筆跡です。
ノンナンセンスのスチールペン先はほどよいなめらかさとインクフローを楽しめて、大変書き味良し。初めて自分の万年筆を持った時の感動が、ノンナンセンスを手にするといつもよみがえります。
これからも、ナガサワ文具センターのヴィンテージコーナーへ足繁く通い、新たなノンナンセンスを発見せねばと決意新たに。いつどこで巡り合えるかわからないところも、今となっては極上の楽しみとなっているようです。

こうした万年筆の思い出から現状までを、年の暮れに書き綴ってみるのも良いですね。
書くうちに、また新たな万年筆の良さに気付かされるのではないでしょうか。
慌ただしい師走にこそ、そんな時間を持ちたいものです。

小日向 京(こひなた きょう)

文具ライター。

文字を書くことや文房具について著述している。

『趣味の文具箱』(エイ出版社刊)に「手書き人」「旅は文具を連れて」を連載中。

著書に『考える鉛筆』(アスペクト刊)がある。

「飾り原稿用紙」(あたぼうステーショナリー)の監修など、文具アドバイザーとしても活動している。

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