万年筆好きは「ペン先で選ぶ」「軸で選ぶ」「国産がいい」「舶来ものがいい」など様々なタイプに分かれますが、ドイツのペリカンの万年筆はだいたいどのタイプの人たちの嗜好にも何かしら響くところがあるようです。
ペン先で選ぶというタイプの場合→ペリカンには、サイズや素材の豊富なペン先が揃っている
軸で選ぶというタイプの場合→ペリカンでは、定番ものの他にも数々の限定軸が例年発表されている
国産がいいというタイプの場合→ペリカンの特に極細のペン先やしなりの良いペン先は、国産ものと変わらぬ表現力を持っている
舶来ものがいいというタイプの場合→華美に偏らず、気品ある風格と個性を示しながら、機能性+αのドイツデザインをペリカンは提供している
といった点において、あらゆるタイプの万年筆好きのストライクゾーンに鋭く入り込んでいるのだと感じます。
とりわけ1982年に加わった「スーベレーン」シリーズは、過去の万年筆デザインを踏襲しながら現代の文具アイテムにもマッチする優れもので、吸入式の軸には各種サイズと色柄が揃っています。
ペリカンの万年筆の堅実そうな見た目は、万年筆を手にする自分が万年筆を使わない人々へ与える印象を良くするために一役かってもくれ、スーベレーンで書いているとたいてい、
「わあ、素敵。あなたって万年筆好きだっていうからどんな突飛なものを持ってるのかと思っていたけど、これなら私も欲しい。どこの?」
とか、
「なんだ、ペリカンなら知ってるぞー。じいさんが持ってたな。見せて見せて」
とか、
「あっ、ペリカーノジュニアなら持ってる。へぇ〜あれが本気出すとこんなになっちゃうの! かっこいい!」
とか、何かと話が弾んでいくのです。
もちろん、万年筆好きとの話は大盛り上がり。
「Mなに持ってる?」
なんてところから始まり、基本セーラーが好きとかイタリア万年筆を好んでいるなんていう人たちも、スーベレーンはしっかり押さえていたりします。
大きい順にM1000、M800、M600、M400、M300とあるスーベレーン万年筆のうち、このM400は全長約125ミリと比較的小ぶりなサイズです。1950年代に発表された400のモデルをベースにしており、男性女性を問わず手になじみ、持ち運びにも快適な小ささ。上の写真の通りNAGASAWA キップレザー 3本差しペンケースSにぴったりです。
小日向はこのスーベレーンを欲しい欲しいと思って約20余年、「どのサイズにするか、どの縞にするか、はたまた限定柄にするか」で思い悩み一向に決めることができませんでした。
初めて手にしたのは、2013年に限定発売されたM800の茶縞。長めの軸とペン先に、スーベレーンの実力と凄みを感じ「こんなことなら早くから使い始めておくのだった…」と大いに後悔したのが第一印象でした。
その時からM800は原稿書きにノート書きに大活躍。
そして日が経ち、『趣味の文具箱』での連載「旅は文具を連れて」で行き先の宿に合う文具アイテムを選んでいた時に、思い立ったのがこのM400 ホワイトトータスでした。
2015年9月刊の趣味の文具箱 vol.35で、青森県の奥入瀬渓流ホテルを紹介した時のことです。
この趣味文35号は、スーベレーン M600 ピンクが表紙になった号でもありました。あのピンク縞もそれはそれは美しいものでしたよね。
記事写真に合うのではという理由で選んだM400 ホワイトトータスでしたが、はがきの作例を用意する段になって手にすると、その書き心地の良さに目の覚める思いがしました。
小ぶりの軸は描線コントロールがつけやすく、小さめのペン先はほどよい硬さとしなりを紙上に表します。
そして、軸のホワイトトータスの黄色にも緑にも見える貝殻の内側のような輝きが、撮影で訪れた奥入瀬の苔にしっくり映えて、すっかり心に焼き付いて離れなくなったのです。
この撮影の時に入れたインクは、ペリカンが例年出すインク・オブ・ザ・イヤーの2015年限定アメジストでした。このインクがまたホワイトトータスのペン先から湧き出る色にぴったりきて、いらいそのまま同じインクを入れています。
上の写真がその筆跡で、周辺に並べている万年筆はM400との大きさ比較のために置きました。M400の右はプラチナ万年筆 #3776センチュリー シャルトルブルー、そのさらに右はデルタ ビンテージと同型のインベルノです。
すーっとのびる細めの軸は、握り心地も良く、握り口からペン先に至る距離感も上々で、ともすると「女性っぽい」と感じさせるホワイトトータスかも知れませんが、これは男性の手にも品良く決まることでしょう。
というかこれを持つ荒くれ者の男性がいたら惚れる! 絶対!
アメジストのボトルインクがそのうちに空になったら、今度はエーデルシュタインのジェードを入れようか、それとも4001のターコイズを入れようか…軸とインクの色合わせの楽しみも広がります。
軸をくるくる回すたびに色彩を変える縞は、その個体差も魅力です。ぜひ店頭で現物を比較されてみてください。
今日もM400 ホワイトトータスを3本差しペンケースの中に入れ、その縞を眺めたくなったら取り出し、キャップを回して現れるペン先に促されるようにして、思いを綴る一日です。
小日向 京(こひなた きょう)
文具ライター。
文字を書くことや文房具について著述している。
『趣味の文具箱』(エイ出版社刊)に「手書き人」「旅は文具を連れて」を連載中。
著書に『考える鉛筆』(アスペクト刊)がある。
「飾り原稿用紙」(あたぼうステーショナリー)の監修など、文具アドバイザーとしても活動している。