眺めているだけでぬくもりが心に伝わってくる、自然素材のペン。そのなかでもひときわ際だっているのが、美しいカーブと艶を描く平井木工挽物所の筆記具です。
「挽物」とは、ろくろで切削加工した器具のこと。平井木工挽物所は、製造業が盛んな大阪市生野区で生まれました。木工職人の平井守さんが、ひとつひとつ手作りで製作し続けて40年以上になるそうです。
平井さんが扱う素材は、希少価値の高い銘木が中心。独特の木目を持つ素材を伝統工法であるろくろで挽いて作り上げた軸は、精巧かつ芸術性にも優れています。
ろくろを回しながら木材を削るための道具を当てて形作っていくそうですが、その道具も平井さんの手作りといい、最後には何種類もの紙やすりを当てて丁寧に仕上げられます。均等な形に仕上げられたその軸の美しさには目が釘付けになるものです。
今回はそのなかからボールペンを紹介いたしましょう。
冒頭写真は右から、
◆ 屋久杉(回転式)ペンシース・ペンレスト付き
◆ 縞黒檀(回転式)ペンレスト付き
◆ 鹿の角(キャップ式)ペンシース付き
で、これら3点に寄ったところを順に挙げていきます。
《屋久杉(回転式)》
《縞黒檀 (回転式)》
美しい木目ですね。お揃いで同素材のペンレストが付いているというのも嬉しいところです。
これらの商品名に添えてある「回転式」というものは、「ネジ式で回転させながら開閉させるキャップ」という意味です。
ネジ部分は金属製となっており、キャップ内側のネジも金属のため、開いたキャップは尻軸に挿さず、脇に置いて筆記することになります。
《鹿の角(キャップ式)》
こちらは木材ではなく、鹿の角を軸にした珍しい一品です。
この「キャップ式」というものは、「ネジがなく、キャップを胴軸に抜き差しして開閉する」という意味です。
いずれもボールペンリフィルは汎用性の高いパーカータイプ。
パーカータイプにはパーカー純正の「クインクフロー(Quinkflow)」や、シュミット社の「イージーフロー(easyFLOW)」といった替芯が使え、平井木工挽物所の製品には後者のイージーフロー・黒インクが付属しています。
どちらもなめらかで色濃く、油性ボールペンらしい記述を味わえますが、イージーフローの滑り良い書き味とコクのある黒インクの筆跡は、まさに平井木工挽物所の軸にベストマッチ。
この素晴らしい書き味を、ぜひ試していただきたい!
筆跡は、右の1行がパーカー・クインクフロー 字幅Fで、以降左の6行はイージーフロー 字幅Mによるものです。
字幅の違いはあるにしても、左側のイージーフローは実に濃ゆい。
小日向はパーカータイプでは普段クインクフローの黒を使っていることもあって、イージーフローの黒で久しぶりに書いたものの、「あれっ、イージーフローってこんなに良かったっけ?」と思うほどでした。その潤沢なインクフローに加えて、軸によって書き味が変化するボールペンの特性を、平井木工挽物所の仕上げは知り抜いている…と感嘆した次第です。
手にしてみるだけでなく、書いてもみることが、万年筆と同様にボールペン選びにおいても大切な点です。
屋久杉、縞黒檀、鹿の角それぞれに、手にすると安堵感を抱き、文字を書けば軸の素材が心へ響いて、自分のなかで忘れかけていた「何か」が呼び覚まされるような心地がします。
回転式とキャップ式の違いは上で述べた通りですが、リフィル替芯を交換するさいの違いとして、キャップ式のほうはキャップを閉じたままリフィルを交換できます。
その光景が上の写真で、下の回転式の屋久杉は「キャップ開ける→軸を開ける」の2工程が必要なところ、上のキャップ式の鹿の角は「キャップをしたまま軸を開ける」という1工程で済むというわけです。
使う場面に合わせてクインクフローとイージーフローを取り替えたり、用途によって字幅を変えてみたりする時に、これはスピーディーにいきますね。
キャップと胴軸は別々に分かれた状態で作られるものが、最後にはぴったりと合うのも、類いまれな手作業による技術の賜物です。
素材の質感や模様がひとつずつ異なる「一品もの」には、選ぶ楽しみもいっそう増します。そして日々使ううちに経年による光沢が生まれて手になじみ、さらなる「自分だけの一品もの」になることでしょう。
次回は、平井木工挽物所の万年筆を紹介いたします!
小日向 京(こひなた きょう)
文具ライター。
文字を書くことや文房具について著述している。
『趣味の文具箱』(エイ出版社刊)に「手書き人」「旅は文具を連れて」を連載中。
著書に『考える鉛筆』(アスペクト刊)がある。
「飾り原稿用紙」(あたぼうステーショナリー)の監修など、文具アドバイザーとしても活動している。