小日向京のひねもす文房具|第四回「万年筆ペンクリニック」

万年筆ペンクリニック

無料でひとり2本(または1本)まで万年筆のペン先を調整してもらえる「ペンクリニック」は、万年筆好きにとって欠かせないイベントです。
たいてい土日をはさんで行われ、連休中の開催率も高く、日々ナガサワ文具センターのトップページイベント一覧をチェックすると、近日の開催日がわかります。

予約制ではなく、会期中に会場で受付をしてペンドクターによる調整が行われます。
ペンドクターの面々は、セーラー万年筆で長年万年筆作りとペンクリニックに携わった川口明弘さん、セーラー万年筆の長原幸夫さん、デルタやスティピュラなどを扱う輸入代理店・ダイヤモンドの仲谷佳登さん、中屋万年筆の吉田紳一さん、そしてパイロットの広沢諄一さんと奥野浩司さん。どのペンクリニックも経験豊富な一流調整師によるもので、使いづらくなった万年筆や、長年引き出しに眠っていた万年筆などを甦らせてもらえます。
書きづらくなった万年筆を持参する人もあれば、普段使いの万年筆で気になるところを直してもらう人や、おじいさんの形見の万年筆を自分が使いたいという人も。皆それぞれの万年筆への願いを叶えてくれるのが、ペンドクターたちなのです。

なかでも絶好の機会は、新しい万年筆が欲しいという時。
ナガサワ文具センターの売場に並ぶ万年筆はあらかじめ書きやすいペン先に検品されているものがほとんどですが、筆記具の握りかたや軸の傾け具合は人によって様々に異なり、そのわずかな違いを「ちょうどいい絶妙具合」に仕上げてもらえるのがペンクリニックで、新品の万年筆が買ったその日から自分の手にカスタマイズされるという大きな特典が付いてくるのです。

──ペンクリニックの時こそ万年筆の買い時──

と、『趣味の文具箱』をばっさばっさと開きながら目当ての万年筆を物色し、掲載ページに片っ端から付箋を貼ってゆく……そんな人もあるのではないでしょうか。私とか。
こんな感じで▽

万年筆ペンクリニック

そして今ある万年筆を手にして、ノートに「これから欲しい万年筆」を箇条書きにし、それらの「欲しい理由」や「合わせたいインク」や「もしも買った場合、現実的に考えうる幸せ状況」などを思いつくまま書き記すのです。現状ちょっと買うのには無理めな万年筆でも、ひとまず考えるだけ考えてみる。この書きもののなんと楽しいことか。
そうして心の候補をふるいにかけつつ、考えを書き綴っている時に人から話しかけられれば「今度買う万年筆を選んでいるの」と言い、そうすると「万年筆そこに持ってるじゃない」と言われ、「これはこっちとは違うのよ!」などと答えるうちに、やれやれ埒が明かんわとその邪魔者も立ち去って、いよいよ万年筆選びも本格的な詰めに。
最後にペン先の字幅も決めて、お店に在庫があるかどうか問い合わせると「ございます」とのことで、喜び勇んでペンクリニックまでお取り置き。
ああ。自分の決めた一本が字幅までぴったり在庫があるとは、これこそが運命の万年筆だったのだ! と思う……のが毎度のことだったりもして。
「運命」は、何回あってもいいでしょう?
そうした心意気で、ペンクリニックの日を迎えることになるのです。

ペンクリニックでは、日頃使っていて気になることを何でもペンドクターに尋ねてみましょう。わかりやすく的確な答えを教えてもらえます。
そして万年筆のペン先を調整してもらうと、飛躍的に文字が書きやすくなります。
手に合う万年筆で文字を書けば、どのようなところが良くなるのか。
それは「自分にちょうどいい筆記速度が得られる」ことにあると感じます。
ゆっくり書いたり、速く書いたり、人によって様々な筆記テンポがあるのは歩く時と同じ。紙の上を「歩く」時に、ああこのくらいが気持ちいいなと思う速度が誰しもあって、それを得られると文字を書く合間合間に──例えば斜めの線をはらう時や曲線でカーブをつける時などに──紙へ切り込んでいくようなリズムが生まれます。そのリズムが良い言葉を、良い考えを促すと思うのです。
ペンクリニックでのペン先調整後に文字を書いてみると、下の写真のようなところに心地良さを味わえることでしょう。

万年筆ペンクリニック

書いている時が「歩く」感覚なら、書いた文字は「足あと」という感覚。心地良く歩いている足あとは、その形も楽しそうです。「文字を刻む」とはこのことなのだな、と実感させられます。
文字を刻むと、言葉は心に刻まれます。その言葉は心にしみこんでいき、感情に潤いを与えてくれるから、人は万年筆に深い愛着を抱くのかも知れません。

このブログを書いた直近では、2015年9月19日(土)〜23日(水祝)の5日間にわたって、ペンドクター・川口明弘さんのペンクリニックが開催されます。
9月19・20・21日(土・日・月祝)は、神戸のPenStyle DENにて。
9月22・23日(火祝・水祝)は、大阪の梅田茶屋町店にて。
詳細はこちらです。

小日向 京(こひなた きょう)

文具ライター。

文字を書くことや文房具について著述している。

『趣味の文具箱』(エイ出版社刊)に「手書き人」「旅は文具を連れて」を連載中。

著書に『考える鉛筆』(アスペクト刊)がある。

「飾り原稿用紙」(あたぼうステーショナリー)の監修など、文具アドバイザーとしても活動している。

小日向京のひねもす文房具



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