カランダッシュの「エクリドール」シリーズは、鉛筆のような六角軸をエレガントに仕上げた逸品です。
「Caran d’Ache」はロシア語で鉛筆を意味する音といい、ロシアに生まれたフランス人風刺画家、エマニュエル・ポワレ(1858-1909)が自称した呼び名に由来します。
1915年、スイスに鉛筆工場を設立し、1924年に社名をカランダッシュとして、1934年に手彫り模様を施したエクリドールを製作。その製品は、メカニカルペンシルでした。
現在でこそエクリドールシリーズには万年筆・ローラーボール・ボールペン・ペンシルが揃っていますが、最初に作られたものはペンシルだったというところなど、鉛筆工場から始まったカランダッシュならではですね。
そして、鉛筆を象徴する六角軸へのこだわりは筋金入り。カランダッシュは鉛筆であろうと、万年筆であろうと、ボールペンであろうと、製品の随所に六角デザインを取り入れています。
その六角デザインで鉛筆の次に顕著なものが、このエクリドールと849です。
軸の細やかな彫刻に目を奪われるエクリドールと、鮮やかな色彩からシックな仕上がりまで変貌自在の849。
849については第三十三回に書いた通りで、双方ともにボールペンには同じゴリアット芯を使えるのが嬉しいところ。
服装や使用環境に合わせて、エクリドールと849を持ち分けるのは大変に有意義です。
今回はエクリドールの中でも定番柄である「シェブロン」に注目してみましょう。
このV字(あるいは逆V字)をした山の形がシェブロンと呼ばれる模様で、原義はラテン語で山羊(の角)を表した形が、古くから紋章のシンボルに使われるようになりました。
シェブロンのV字は時に二重、三重にもなり、二重の逆V字はフランスの自動車企業のシトロエンのマークで馴染みがあります。また、文字通り「シェブロン」という社名の米国石油関連企業のロゴにも、V字山形が二重で使われています。
西洋ものでこのようなV字の模様を見かけたら、それはシェブロンということです。
雄々しい山羊の角と、頂点を表す山をイメージしたシェブロンは、まるで日本の矢羽根や亀甲のような縁起柄。身につけていると、心に勇気が湧いてきます。
このエクリドールに彫刻されたV字。写真を御覧いただくと「あれっ」と思うのは、Vが「Vという線」で描かれているのではなく、軸に何本も平行している縦線の途中で縒れた部分の集合体がVを描いているところです。
これは緻密で実に凄い!! その精巧な彫刻に、思わず見入ってしまいます。
芯先は、六角軸の鉛筆を削ったよう。鋭角で長めの芯先は理想的な角度で、手にして紙に文字を書いている時の視界も良好です。
とっておきの削り器で削った鉛筆が、あまりに美しく削れたので銀色の筆記具に変貌してしまった…そんな魔法のような姿をしています。
シェブロンの山形V字は、六角軸の面隣り合わせにV字→逆V字→V字の交互で一周していくパターン。
御利益がありそうな柄に、小日向はシェブロンを見かけるたびボールペン、万年筆、ペンシルと少しずつ増やしているのでした。特にこのペンシルはNAGASAWA梅田茶屋町店のビンテージコーナーで見つけた、過去に生産された銀張りのモデル。長年生産し続けているエクリドールは、ノック部の刻印など年代ごとの仕様がわずかに異なっており、ビンテージもので気に入った一本に遭遇できることも多いのがまた魅力です。
手に持った感覚は849よりも重みがあって、軸の重さに身を任せながらすらすらと書き進められます。
細い銀の剣のような、心を強くしてくれるお守りのような、カランダッシュのエクリドール シェブロン。
胸ポケットや手帳にしのばせて、英気を養ってみてはいかがでしょうか。
小日向 京(こひなた きょう)
文具ライター。
文字を書くことや文房具について著述している。
『趣味の文具箱』(エイ出版社刊)に「手書き人」「旅は文具を連れて」を連載中。
著書に『考える鉛筆』(アスペクト刊)がある。
「飾り原稿用紙」(あたぼうステーショナリー)の監修など、文具アドバイザーとしても活動している。