こちらは官製はがきに胡粉を溶いて塗り、筆ペンで書いたものです。
文字の形はさておいて、線に墨のかすれが出て「ひと味違った」雰囲気になっています。
胡粉は、紙全体に下地として塗って絵具の発色を良くしたり、白色絵具として使ったりする真っ白な顔料です。日本画で使われたり、近年では爪を装飾する「胡粉ネイル」も登場したりなどして、なじみ深いかたも多いのではないでしょうか。
この胡粉、以前に美術館で日本画を観ていた時に「胡粉の地塗りは触るとざらざらしていそうだな」と感じて、ふと思い立ちました。
──紙の表面をざらざらさせると、筆ペンで書きやすいのでは?
と。
毛筆は、官製はがきなどの洋紙では穂先がつるつるすべって書きづらいものです。ふだんから毛筆を書き慣れている人は、どのような紙にでも美しい文字を描いてしまうものですが、筆ペンで金封の表書きや年賀状が毛筆使いのメインかな…という場合には、なかなかうまく扱えません。
紙に胡粉を塗ってみようと思った頃、小日向は筆記具を持つ右手で文字を書けませんでした。左手で文字を書く訓練を始めた過程で、つるつるしていると線のコントロールがつけられない! と実感し、意識的にざらざらした質感の紙を選んでいたものです。
そんななか、胡粉を塗れば筆ペン書きもやりやすくなるかも知れない…と試してみたところ、予想通り飛躍的に書きやすくなりました。
年賀状書きなどで筆ペンや墨に親しむこの時季に、この胡粉塗りのあらましを記します。
本来、胡粉で紙へ地塗りをするさいには膠液を混ぜて練り、団子状にして皿に叩きつけ、またのばし、お湯をかけて灰汁を抜く…といった様々な工程を要しますが、小日向は横着して「膠入り胡粉」を使用。それが写真上の左のもので、溶き皿に胡粉の2〜3倍のぬるま湯を入れ、指で溶きます。そして写真右側の刷毛で紙に塗ります。
紙に胡粉を塗りつけるさい、必ず行うことは板状のものに紙をマステで貼る作業です。紙の四辺すべてをマステで貼ります。刷毛で塗った当初、液体を含んで紙は波打ちますが、マステで四辺を貼っておくことで乾いた時に波打ちが残らず、ピンと張った紙に仕上がります。
写真ではすぐそこにあったmtの柄入りを使っていますが、それもあっという間に消費してしまうので、無地の廉価版マステが良いかも知れません。
小日向は寝る前に紙を選んで胡粉塗り。あとは眠って朝起きると、すっかり乾いた胡粉紙ができ上がっている…という流れです。どんな紙に仕上がっているかしら! と楽しみでたまらず、すっかり早起きするようになりました。
こちらは水彩画用紙に胡粉を塗ったものです。水彩画用紙はそのままの状態で水彩画を表現するための機能を十分に持っているものの、試してみたくてつい。これが画用紙の凹凸を踏襲しつつ刷毛のブラシ跡まで美しく見せてくれる、素敵な胡粉塗りとなりました。
しっかりとした厚さがあるため、グリーティングカードに使ってみるのも良さそうです。
こちらはクラフト紙に胡粉を塗ったものです。クラフト紙の色みも活かせると良いなと思ったため、薄めに塗ってみました。
右側のクラフト紙のままの状態での筆ペンの描線と、胡粉を塗った部分の描線とを見比べると、にじみや色みの違いがよくわかると思います。胡粉を塗ったほうは描線のエッジが立って、墨色に深みがありくっきりしていますよね。
さらに、この胡粉には「雲母(うんも)」の粉を混ぜてみました。雲母は「きらら」「きら」とも呼ばれる光沢を持った鉱物で、その粉末が散らされた胡粉塗りにはキラキラのベールが! これはときめく…!
思えばこうした一連の楽しさは、顔に施す化粧にも通じるところがあるなと感じるもので、とかく「ベースメイク」は大事なのだ……と実感する次第です。
いかがでしょうか? 胡粉ならではの白色が印象的で、筆ペンのコントロールもつけやすく、描線も発色も際立ちます。また、スタンプの印影も美しく見せてみれます。様々な紙に胡粉塗りをしたくなりますよね!
第百十六回で話題にした、ナガサワ文具センターの本店画材売場「arts & crafts WHITE BRICKS」には胡粉や刷毛の取り扱いもあるそうで、上で紹介した粉状の胡粉よりも便利なチューブの胡粉とのこと。
すでに膠で練ってあるものと、使途に応じて膠液を足して使うチューブ状があるのだそうです。
…これはさっそく試してみたい!!
次回の神戸行きの楽しみにしたいと思います。
そしてまた、このひねもす文房具で御紹介いたします。
胡粉塗りと筆ペンで書く魅惑の世界を、年末年始のひとときにぜひ味わわれてみてください。
小日向 京(こひなた きょう)
文具ライター。
文字を書くことや文房具について著述している。
『趣味の文具箱』(エイ出版社刊)に「手書き人」「旅は文具を連れて」を連載中。
著書に『考える鉛筆』(アスペクト刊)がある。
「飾り原稿用紙」(あたぼうステーショナリー)の監修など、文具アドバイザーとしても活動している。