イタリアの誇る工芸品メーカー・ボルトレッティ(Bortoletti)には、ベネチアングラスでできたつけペン軸があります。
一本一本手作りで仕上げられるガラス軸には様々な模様が封じ込まれており、ベネチアングラスの工芸美を文字を書きながらにして味わうことができる逸品です。
アンティークの金属ペン先が3本付属しており、別タイプにガラスペンのペン先もあります。
…とここまで読んで「優雅な雰囲気を楽しまなくても別にいいです。そもそも万年筆だってあるし」と思ったかたもおられるでしょうか。
その御判断、しばし待たれい!
そう声を大にしたくなるほど、ボルトレッティのつけペン軸は優秀なのです。
その弁明をするために、まずはつけペンの話からいたしましょう。
つけペン=インクをつけ足しながら書くのは面倒である。
そのようなイメージが先立つのも無理はありません。万年筆のように軸内部のインクタンクから適量のインクが絶えず出てくるペン先に慣れていると、インク瓶を行き来するのはやっていられない…と思うものです。
しかしその描線を見てください。つけペンで金属ペン先を使うと紙との相性が如実に表れ、クリアでエッジ感の高い描線を得ることができます。
このクリアな描線は万年筆とは別ものの線で、それはひとつには「ペン先にペンポイントがないこと」、もうひとつには「インクを外からつけ足すこと」に要因があります。
たとえば毛筆の筆ペンなどで「こんなに墨インクがとめどなく出てこなければ、キリッとした線が書けるのに…」と思うことがしばしばあります。
毛筆も、外から墨をつけて穂先に含む墨の量を硯で加減しながら書くのが、望む描線をもっとも得られる方法です。
水彩画や油絵などでも、絵の具液内蔵のブラシはなく、その都度絵筆に絵の具をつけて描きます。これも望む描線を得るためです。
それらと同じ「インクをその都度つける理由」が、つけペンにはあるのです。
イリジウムポイントがないぶんペン先は次第に劣化しますが、線のキレ味が鈍くなったら新しいペン先に交換します。漫画家が使うサジペンやGペンといった日本製のペン先は1本100円以下からと安価で、ペン先を挿し込む部分のサイズは共通(丸ペンを除く)。ボルトレッティにもゼブラのGペンを挿して使えるので、商品に付属のアンティークペン先は特別な時のためにとっておいて、ペン先交換しながらクリアな描線を楽しむことができます。
望みの線を得られるためなら、インク瓶を行き来することなど何ら苦ではない。
その一心で、ありがたいありがたい…とつけペンを使うものの、だんだんと欲も出てきます。
インクボトルの口の高さによって、「ペン先の行き来感」が変わるのです。
紙の上←→インクボトルと往来する時に、その高さは一定で、なるべく高低差のないことが理想です。そうすれば手が勝手に動きを覚えて、紙から目を離すことなくペン先をインクにつけるようになります。できれば机に穴をあけて、そこにインクボトルを埋め込みたいくらい。
また大きなインクボトルを開いたまま長時間が経つと、中のインクが蒸発していわゆる煮詰まった状態になります。気に入ったインク色が変化してしまうのは忍びない。
この2点を避けるために、具合いい高さのボトルにインクを詰め替えるとぐっと快適になります。小日向はプラモデルメーカー・タミヤの小分けボトル「スペアボトルミニ(丸ビン)」にインクを入れています。高さ約4cmと低めで安定感のある円柱をした形状。容量10ccなので、多少開きっぱなしにしておいてもインクが煮詰まる不安は軽減します。
もっともこれは数時間にわたってがんがん書こうという場合の話で、ちょっと試し書きしたり、一筆手紙をしたためたりする時には、インクボトルからそのまま使います。
これがKobe INK物語と相性抜群で!
それまでは「この物語、どの万年筆に入れるべきか…」と考えたり、ひとまず保留にしたりしていたのが、つけペンを日常化するようになってからは「とにかく押さえておくのが大吉!」と心おきなく求めるようになりました。
すぐに試せて、ペン先を水で洗えば即次のインク色に移れる。水道筋マルシェブルーから加納町ミッドナイト、そして湊川ライムなどと色みの濃い淡いを気にすることもなく移行自在。
おまけにちょっと昔に買ったインクも心おきなく使えるため、どこかにしまい込んだ古いインクはないものか…とゾンビよろしく書棚や引き出しをさまよい探すことにもなり、インクの楽しみもいっそう増しました。
そして本題のボルトレッティ軸について。
この手作りのガラス軸には個体差があるため、ぜひ店頭で1本1本見比べてみてください。
小日向の手元にある2本にも、写真のような違いがあります。
金属製のグリップ部あとからガラス軸が始まって、下の緑軸はなだらかなカーブを描き、上の透明軸はプリッと盛り上がっています。下はなだらかなぶん太いまま軸がのびており、上はプリッとした盛り上がりのあとヒュッと細めになっています。
この個体差のおかげで、軸を握った手の安定感が変わるのです。小日向の場合は下の軸が寝かせぎみに握る時に安定し、上の軸は立たせぎみに握る時に安定します。
自分の手が、軸をぴたりと包み込んだ時の喜びはひとしおです。目星がついたら実際に握って「これぞ」という1本を見つけましょう。
ガラス軸のほど良い重さと表面のつややかな感触は、なめらかな飴玉を口に含んだ時のような懐かしさを呼び覚まされるようで、久しぶりにあの人に便りを書いてみようかな…と思いついたり、日記がいつになく饒舌になったり。
「優雅」とは、その雰囲気を享受するためではなく、心に何かの火を灯すきっかけとして存在するのではと感じさせられます。
セットに付属するアンティークのペン先はアソートで各種あり、細字から太字を書けるものまで様々です。これが一期一会的に楽しい! ペン先単体ではなかなか巡り合えないものなので、その描線の違いを味わう「お試しペン先」として、大切に使いたい貴重な品です。
書き終えてペン先を取り外す時には、ティッシュでペン先を包み込みやさしく引っ張ります。写真のように口金部分の中からもうひとつの部品が出てきて、これがつけペン先の土台となっています。この土台が分かれるタイプにはガラスペンが付いたものもあり、ひとつの軸で金属ペン先とガラスペンを両用できる作りとなっています。
ペン先を洗う時には必ずこの土台から外して行いましょう。土台の内部が錆びることを避けるためです。流しに行く間もないなら、水を少し用意しておいてティッシュに含ませ、ペン先についたインクを拭うだけでも大丈夫。
つけペン・ガラスペンのメンテナンス・お手入れはこちらを御参照ください。
ナガサワ文具センターのスタッフ皆さんによる、ボルトレッティガラスペンのレビューも必読です。
つけペンは、万年筆インクの魅力を広げてくれる筆記具です。
キレ味あふれる描線で文字を書きながら、紙に思いを刻んでみるのはいかがでしょうか。
小日向 京(こひなた きょう)
文具ライター。
文字を書くことや文房具について著述している。
『趣味の文具箱』(エイ出版社刊)に「手書き人」「旅は文具を連れて」を連載中。
著書に『考える鉛筆』(アスペクト刊)がある。
「飾り原稿用紙」(あたぼうステーショナリー)の監修など、文具アドバイザーとしても活動している。